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Channel: 井沢満ブログ
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実感的多民族共生拒否小論

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コンビニにおける日本人店員と外国人店員の余りの質の差に、やっぱり多民族共生は嫌だという意味のことを以前、述べたことがあります。気働きもマナーも画然と違うので。

たとえばコーヒーを頼む。すると、日本人店員はまず他の品物をレジに打ち込む前にカップをくれるのですね。計算している間にコーヒーが満たされ、余計な時間を潰さぬようにと。

そして、紙コップの口が当たる部分には手を触れないように、底を持ち、また捧げるような気持ちを込めて客に渡してくれます。外国人店員は無造作に口の部分をつかみ、しかも横柄に渡します。分かりやすくするために双方十把一絡げにして言ってます。外人店員にもいい人はいるし、日本人店員もそうでもない人がいるので、総体的な比較です。

日本人は作業中なら、手を消毒してまでコップを持ってくれます。
そしてやはり、気働きと挨拶、動きのキビキビ感が日本人が優れています。

外国人が多くなった時、こういう日本のレベルのほうに合わせてくれれば無問題ですが、まずそれは期待できませんね。悪貨は良貨を駆逐するグレシャムの法則が働きます。

古来帰化した外国人たちは違います。遣日使という言葉からも解るように、日本へのリスペクトで来た人たちなので、日流を取り入れ馴染む努力をしてくれたので、すんなり溶け込み、日本の方も自然にお迎えして、同胞として遇しました。

というごときことが持論なのですが、私の友人がやっとあなたの言ってることが実感として解った、と最近近所に出来た弁当屋のことを話してくれたのです。

日本人店員の場合は気働き挨拶他、レベルに高低はあるけれど、基本を大外しすることはない、と。ところが外国人の場合は、と具体例を話してくれたのですが、注文すると日本人店員なら、オーダを受けた瞬間、厨房に向かって弁当の種類を叫ぶ。ところが外国人の場合は、レジを済ませお釣りなどを渡し、それからやおらキッチンにゆるゆると入って、注文をぼそぼそと聞こえない声で告げると。

注文を受け取った瞬間に告げれば、即作りに入るので時間差が生じるとその友人の主張です。更に自分の注文が正しく伝わったかどうかのチェックも、店員がその場で大声でリピートしないと、分からないと。

些細な事ではありますが、物事の成否と質の差は些細なことの総体、積み重ねです。

というごときことを友人と語り合ったのでしたが、欧州の例を見れば移民・難民を受け入れることの困難を私たちは知らざるを得ません。

労働力という意味で言えば、ハードな仕事は報酬をよくするなどして、回していけば国内だけでまかなえるのではないかと。
総生産的レベルで上位にいつまでもいる必要があるのかねえ、という話をしたのでした。小粒でも品の良い文化大国のほうがいいのではなかろうか、と。
その意味でも、自給率を高めれば、日本は飢えることはないのだし、と。
更に、こぢんまりした国でいいと言っても、それこそ純度の高いレアガスとか精密機器とか、得意分野で輸出できるものはたくさんあるし、また創りだす能力のある国民なんだから、あたふたと外国人をうけいれることはないよねえ、と。
とびきり有能な人材であるならまだしもだけど、と。
国防だけはしっかりせねばならぬけど、日米安保前提だけどそこはまかなえるよね、と、大きな声では言えぬけど、核なんか持つ気になればいつだって持てる知識も技術もあるしねぇ、その状態こそが抑止力でもあるのだし、と。

あと女性なら、それより何より子供を安心して産み育てる事のできる体制をと言うでしょうね。それにつけても、わけのわからんODAやら国連とユネスコに、嫌な思いをさせられながら大金を貢ぐのを止めて欲しいじゃありませんか。
国内に回したほうがいいでしょう?

ユネスコへの無駄な出費のことを外務省の担当セクションに電話すると、とんでもない答えが返ってきて神経が千切れそうになるそうですが、私はつながらないまま、怒りがトーンダウンして、試していません。

難民と言えば、日本が難民を受け入れないと国連が怒っているそうですが同じ友人曰く「戦争前後に、経済的事情、政変を逃れて密入国してきた難民を70年間も日本は大量に抱え込んで苦労しているというのに」と溜息を漏らし、私は黙って彼が買って来てくれた、日本人店員がいるほうの安心できるコンビニのコーヒーを啜っていたのでした。


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