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Channel: 井沢満ブログ
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味噌煮探して三千里 2

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【承前】 B級グルメコミックの作家による、「さばの味噌煮」の表現が余りにも上手で、ヒロインがその美味に打たれて恍惚に浸る表情など・・・

むらむらと「さばの味噌煮」が食べたくてたまらなくなり、しかし
条件が一つあって、コミックと同じ「定食屋のさばの味噌煮」でなくては
ならないのである。

寝ては覚め、覚めてはうつつ、幻の。

それから、私の味噌煮を求める苦難の旅が始まったのであった。
私の人生でなぜ、もっと真剣にさばの味噌煮を求めなかったのであろうか、と
反省に歯噛みしながら、定食屋のさばの味噌煮今いずこ。

一軒目の定食屋は難なく見つかった。

だが。

なんということ、チンする味噌煮で、味噌煮特有のあのこってりとした潤い感に
決定的に欠け、それに酒の癇もそうなのだが、電磁波が食物細胞の
何かを破壊するのかどうか科学音痴には分からぬけれど、チンと音がした途端、食物は食物以下の何かの物体に堕し、酒は単なる日向湯に変貌してしまうのである。

それにその定食屋のさばの味噌煮は、汁不足でカラカラなのであった。
さばの味噌煮は「つゆだく」でありたい。食してのちもなお、更に
たっぷりと甘辛の汁が未練たっぷりに残る、とそうであらまほしい。

あの町この町日が暮れる。味噌煮を探して三千里。

以前、天丼を無性に食べたくなり歩きまわったことがある。意識しない時にはあちこちで見かけるのに、いざその気で探すとととたんに天丼は隠れんぼを始めるのである。

忘れもしない六本木の蕎麦屋で天丼をメニューに見た時の嬉しさ。
ところが、天丼の海老は一流店にふさわしく、ずっしりと存在感に
満ち満ちて銀シャリの上に悠然と横たわっているのだが、

汁が。ああ、汁が。

汁がない。

ご飯に染みこむほどの、たっぷりとした汁をころもに染み込ませてこその
天丼なのに、現れたのは、テクに欠けた上品に慎ましい売春婦のようなのであった。
上品などどうでもいい、汁豊富な下品をこそ欲しいのである。

それから探し探してやっと、汁芳醇な天丼に巡り会えたその時の、天にも登るその心地。

その時の喜びを反芻しては諦めそうな心を奮い立たせ、雨に降られ寒風にさらされながら、さばの味噌煮を求める苦難の旅を続けたのであった。

ある時、ふと見た定食屋の手書きの置き看板。メニューにあった、さばの味噌煮! ところが時間外である。私は路地裏のその店の位置を確認、電話番号をガラ系携帯に控え、待ち遠しく翌日を待ったのである。

そして、午前十時から開くその店の開けたての時間に、店の近くから念の為にと、いそいそと電話したのであった。「今からうかがって、さばの味噌煮食べられますか?」と。

そしたら、

「うちに味噌煮はありません。塩焼きなんです」

え、だって看板には・・・・・と昔なら私は声を尖らせ、ないものを看板に書くんじゃないよっと、抗議しただろうに、すっかり丸くなった私は「解りました」と力なく電話を切ったのであった。

しかし口も脳も、すっかり味噌煮になっている私は、そのまま帰宅する気にはなれず、向かったのは弁当屋である。
こうなりゃ定食屋という舞台シチュエーションは捨てて、妥協しようと思ったのである。ところが、渡された弁当の味噌煮は姿小さく、汁もなく、他のお惣菜に埋もれるような脇役扱い。

私が欲しいのは、スターリング theさばの味噌煮!!

なのである。

延々と探し続け、髪を切りに行ったとき、いつもやってくれる若者にその話をしたら、「この近くにありますよ」と気軽にいう。

眼の色変えてその場所を聞き、個室専門理容院を出た私は教えられた道を目を更にして辿るのだが、目印としてインプットしたカレー屋すらもありはしないのだった。

それから2週間後髪はまだ切るほどのこともないのだが、その店では顔面指圧をやってくれるので、それをしにわざわざ出かけ、しかし目的は顔の按摩ではなく、味噌煮の在り処を聞くためなのである。

ヘア担当の若者と「お顔ほぐし」をやってくれた女子スタッフが表に送りに出てくれたので、「こないだ教えてもらった店なんだけど」と訊いてみたら、道一本間違えていたのであった。

なんだ、教え方下手だなあ、と自分の方向音痴を棚に上げ、人に口で伝える際の理想形を頭の中で推敲しながら、リフトアップした顔を寒風にさらしながら歩くのに見つからないのである。

思えば、若者にとってはたかがさばの味噌煮なのであろう。私がいかに思い強くさばの味噌煮を求めてるのか知らぬので、ごく気軽に口の先でひょろひょろと教えてくれたので、いい加減なのである。

トボトボと来た道をせっかく持ち上がった顔の筋肉も落ちそうな落胆を抱え、引き返しながら、でも諦めきれず対面(といめん)の道をもう一度振り出しから歩いて、若者が言っていたような短距離でもなく相当歩いた頃に、目印のカレー屋があるではないか!

胸の鼓動が高鳴る。・

・・・・あった。その大きな「**軒」という店の看板が。なんという嬉しさ。

ところが、カウンター席に腰を下ろして週刊誌を読んでいても、注文を取りに来ないのである。私の心はまた波立ち始める。何かまた悪いことが起こらねばいいが、さばの味噌煮に関しては私は神から見放されている・・・・とふと入り口のほうを見れば、客が食券を買っている。

おお、ここは食券を求める店であったのか!

機械が苦手な私はまたも難儀しながら、ボタンを探し当て「さばの味噌煮」と印字された味噌煮帝国への切符をやっと手に入れたのであった。

寒いのにお茶ではなく氷水であるとか、不満は細部にあるが味噌煮のさば様はでっぷりと肥えていて、汁だくなのである。一口、口に運ぶと細胞が嬉しさにわななくのであった。旅路の果てにやっと巡り会えた、さばの味噌煮よ。

24時間営業の店である。翌朝目が覚めた私は、早速その店に行き2度目の感動を味わおうと券売機のボタンを押す。すると「売り切れ」の文字が。

なんでやねん。

 


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