職質を受けたのは東京駅で、タクシー乗り場に向かっている時でした。
「体の具合でも悪いの?」と唐突に話しかけた来たのは
警官です。
「は?・・・・いいえ、別に」
「さっきから青白い顔してふらふらしてるよねえ」
「はぁ、ろくに寝てないものですから」
そうこうするうちに警官はもう一人現れ、私は
2人の警官の鋭い視線を浴びせかけられていました。
最初、声をかけて来た警官が言いました。
「ニイちゃん・・・・あんたさぁ、シャブやってんじゃねぇの?」
そう言われて私は、
「いいえ」
芸もない答え方ですが、これしか答えようもありません。
たぶん、私が本当にやってたとしたら、もうちょっと言葉数が
多いような気がします。
「え、なんでですか? やってないですよぉ、そんなこわいもの
手ぇ出さないですよぉ。あぁ、びっくりした・・・・・」
と笑って見せたり。
警官もたぶん、こういう場合の答え方で判断するノウハウは
心得ているかと思いますが、いたってシンプルな返事を
した私への追求はそれで、ゆるみはしませんでした。
「ニイちゃん、仕事何してんのよ」
この質問が、いちばん苦手です。
魚屋です、とか学生ですとか、食堂やってます、とかならいいのですが、
「脚本家です」
と、当時はとりわけ脚本家なるものの位置が現在ほど
知れてはいませんでした。
脚本家って、セリフも書くんですか、などと問われていた時です。
案の定、
「キャクホンカ?」
2人の警官はうさんくさい表情で、私の「青白い」と
言われた顔を見つめます。
「ええ、テレビドラマの・・・・・・・たまに小説も書きます」
と私は、手短に脚本家の役割を説明しました。
「芸能界ってことだよなぁ」
と警官。
「毛髪とかシッコの検査をしたら、ヤクやってるかどうか、わかっちゃうんだよ、
ニィちゃん」
「知ってますけど・・・・」
「青い顔して、足元もふらふら、ふらふら。シャブ、やってんだよねぇ、ニィちゃん」
「だから、睡眠不足なんです。食事もろくに取ってないし徹夜続きで書いてて、新幹線でうとうとしただけなんですよ」
その頃は、命を出来るだけ短く人生からなるべく早めにおさらばしようと、
ヘビースモーキングとコーヒーのがぶ飲み、ご飯をろくに食べてない頃です。
脚本家としてはまだ駆け出しで、テレビに顔を出してもいない頃です。
家に帰って即ベッドに倒れ込みたかった私は、厄介なことになったと
思いながら、ふとあることを思い出しました。
新進の脚本家が、どうとかいう私の顔写真がある新聞の
切り抜きを、その時の仕事先であった大阪のNHKの
プロデューサーが帰り際に、くださったのでした。
「ニィちゃん、なにバッグの中ゴソゴソやってんの」
疑わしげな顔で、警官が言います。
「チャカ(拳銃)出すわけじゃないから、安心してくださいよ」
とそれは、心のなかで思っただけで、私は新聞記事の
切り抜きを警官に見せました。
2人の警官が頭を寄せ合うように、その記事に目を走らせます。
そして、無罪放免された私なのでした。
脚本家なんて、いかがわしいのであってそこで放免しては
いけないと思うのですが。もっとも、やりそうな職種の一つでは
ありませんか。
と、私がいっちゃいけないけど。
元俳優氏の覚醒剤で、ふと思い出した40年近くも前の
出来事でした。