靖国神社での国民集会に参列させていただいてから
あっという間に一年が過ぎ、歳月の足取りの速さに息を呑む思いです。
本日、本来は「靖国で会おうぜ」を合言葉に散華されたおみたまのためには、
靖国神社で開いていただきたき追悼式典が、すぐ近くの武道館で開かれましたが、率直なことを言わせていただければ、天皇陛下のお言葉に悲しみを
覚えます。悲しみは我が悲しみなのか、英霊の涙に感応しての
それなのか、よくわからないのでございますが・・・・
安倍総理の、
「未だ帰還を果たされていない多くのご遺骨のことも脳裏から離れることはありません。お一人でも多くの方々が故郷に戻っていただけるよう、全力を尽くします」
情の通った言葉にしみじみと頷くのです。言葉のみではなく、ご本人が遺骨収集にお心を砕いていらっしゃることをよく存じ上げているし、慰霊地では地に跪いての深き深き礼です。
その安倍総理の言葉が最初にあるだけに・・・・
天皇陛下のお言葉の、戦火で散った方々への思いの・・・・・・何と申せばよいのか・・・・不敬を畏れて言葉が続かぬのですが・・・・
抜粋ははばかられますので、畏れながら全文を引用させて頂きます。
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に七十年、戦争による荒廃からの復興、発展に向け払われた国民のたゆみない努力と、平和の存続を切望する国民の意識に支えられ、我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません。
ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」
了
「悲しみ」と「深い反省」・・・・・
日本の繁栄は、国民のたゆみない努力の上にあるのみならず、天皇のみ名のもとに散華せし数多の命の礎の上にあるので、戦後を支えた来たわたくしどもへのお言葉よりも、英霊へのお言葉が欲しかったと・・・・・こう申し上げることは不遜でございましょうか。
「深い反省」と言われては、親のため子のため、幼い妹のため、故郷のためと
ゼロ戦で突っ込んでいった十代の魂が、慰められましょうや、と
どうにもこの、彼らの魂と拙きわが心が本日はシンクロして、つらき思いを致します。
日本のみ反省しなければならぬような、悪い一方の戦争でございましたでしょうか。
白人の植民地主義との戦いでもあり、アジア開放はそのためになり、
その意味では勝ち戦ではございませんでしたでしょうか。
戦争はもとより避けねばならぬものですが、しかし追い込まれて立ち上がらざるをえない戦もあります。
先の戦争がそうでした。少なくともその側面はございました。
何も勇躍、侵略の目的で戦を始めたのではございません。
ルーズベルトにそそのかされ、ABCD包囲網に囲まれて
やむなく立ち上がった戦争で、あの勝ち戦の将軍マッカーサーさえ
アメリカで「あれは日本の自衛の戦争であった」と証言しています。
そして何より・・・・・何より・・・・・昭和天皇が、そうおっしゃっています。
開戦の詔
画像他こちらから拝借いたしました。
h ttp://www.geocities.jp/taizoota/Essay/gyokuon/kaisenn.htm
「帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ」
自存と自衛のための戦争である、と明言されています。
解釈は多様にあり、自衛を言い訳の開戦と取る向きもあるようですが、しかし
昭和天皇がおっしゃったことは、当時の状況そのままのご説明であり、
前述のごとくマッカーサー他、東京裁判の判事のお一人もそう証言してくれています。
以下、お言葉から一部を抜粋、その現代語訳です。
「私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとさせようとし、長い間、忍耐してきたが、米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている。
このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立上がり、一切の障害を破砕する以外にない」
抜粋 了
天皇陛下のお言葉を評するとは不敬の輩かと言われそうですがしかしながら、一方的反省のみを口になさることは、昭和天皇の開戦のお言葉への叛き(そむき)にはならぬのであろうか・・・・
と理屈はそうなりますが、先程も申し上げたように理屈ではなく・・・・・ただ切なさなのです。一年前の靖国の庭の森閑とした日照りと、盛んな蝉の声を耳に蘇らせつつ、英霊の嘆きとわたくしの心が響きあってしまうのです。
「反省」しなければならないことのために、俺達は命を捧げたのか、と。
靖国で会おうぜを合言葉に散ったおみたまに、春は桜、夏は蝉しぐれと神輿、秋は虫の音、冬は雪・・・・南国でいかほど焦がれたであろう雪・・・・と
慰めは折々に訪れるのに、その御方は・・・・・・。
しかしながら今上陛下には陛下のご体験から来る、わたくしどもには、はかりしれぬ深き思いがございますのでしょう。無礼を申し上げてしまいました。
それにしても・・・・折しも、尖閣にひたひたと近づいてくる中国の包囲網。戦争は嫌だ、反省する、永久の平和を願うと、日本中で叫べば彼らは退散してくれるのでしょうか。