遣唐使や遣隋使という言葉は人口に膾炙しているのに・・・
と敢えて、死語に近づきつつある「人口に膾炙」を使っていますが・・・・
=膾(なます)と炙(あぶりにく)ととは誰の口にも合い、美味しく感じることから、
人々の話題にのぼって、知れ渡ることをいいます。
日本は、大陸から主に半島経由で文化をもらい、学んでばかり・・・・
と思いこんで、というより思い込まされてきているのですが・・・・・
過去にいささか以下の記事を書きましたが、日本に学びに来ていた
大陸の人々は、遣唐使の数よりも実は多かったのです。
中国発、朝鮮半島経由で日本は文化を一方的に貰ってきた・・・・
と思い込まされていましたが、事実は日本文明を逆に、朝鮮と中国へ輸出していたという説があります。
説があるというより、遣唐使より遣日使のほうが数が多かったことは、事実です。意外でしょう?小野妹子の遣隋使のときは、随からも裴世清をはじめ位の高い役人などが32艘もの船で日本に学びにやって来ています。
自虐史観がベースの教科書が跋扈していたので、いつしか文化的に劣っていた日本が中国から一方的に学んだ、と思い込まされています。
「遣日使」を検索するといくつも、ヒットします。
この「遣日使」という言葉を、日本に広めようではありませんか。
東大寺のブロンズによる大仏像は、中国にはあれほど大きなものはありませんでした。
敗戦によりGHQに歪められた歴史を、わたくしたちは少しずつでも、この手に取り戻して行きたいものです。
子供たちがこの日本を素直に、誇れるように。
誤変換他、文章の瑕疵は後ほど推敲します。