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Channel: 井沢満ブログ
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懐かしい声

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信号を渡り終えたら、ある出版社の方とぱったり。
「せんせ、若いですねえ!」が第一声で、気を良くした私、
「アンチエイジング本書きましょうか?」と、調子に乗りやすいのです。
「1ヶ月で、体重五キロ落としたし、1年もかけたら10キロ減なんか、
簡単。ダイエット本も書けるし」

ダイエット本はちょっと書いてみたい気がないでもなく。
というのは、今までのダイエット本にはなかった「意識の転換」から
アプローチしてみたいので。

トンデモ本と言われそうだけど。

 

携帯の留守電を聞いたら、いやにメリハリの効いた
男性の美声で、はて? と思ったらフジテレビの
アナウンサー、向坂 樹興さんでした。

拙著をお送りしたその御礼電話だったのですが、向坂さんは
私がフジテレビの朝のワイドショーに出ている頃の司会者でした。
またこれも向坂さんが進行を務めてらしたクイズ番組に、私を呼んでくださり、
私は当時最盛期であった光GENJIの大沢樹生くんのスケジュールを
事務所に頼んで無理やり空けてもらい、一緒に出演しました。
ある女優さんの紹介で、大沢くんとはすでに仲良くしてもらってたので、
クイズ問題のパートナーとして、気楽だったのです。

あれこれ、思い出話をしているうち向坂さんが「でもあれ、全部昭和の時代なんですよねえ」

と言われ、思えば、平成元年度の朝のテレビ小説を私が書いてからもう
17年になんなんとしているのですよね。

「青春家族」という作品でしたが、後で聞けばSMAP全員がオーディションを受けたそうで、私が主役の新人オーディションの時のように立ち会っていれば、誰を選んだのかな、と思いますが、ゴローちゃんの中学生役はすなおで、私も書きやすかったのです。

NHKの人がSMAPという名前の由来を説明して、そこの新人ですと引き合わされたので、まだグループ結成間もない頃だったのでしょうか。

その数年後に、木村拓哉という「子」の演技力の評判が私の耳にも届くようになり、人気の程も大したものだそうで、私はその当時配役は場合によっては自分で俳優さんに電話したり、事務所に直接掛け合ったりしていたので、「今度書くドラマに木村くん貸して」とお願いしたら、いつもはその場で即座にスケジュールを入れてくださるメリーさんが「木村は今、みんなが使いたがって空きが全然ないの。ギャラも一人だけ突出して高いわよ」と言われ、ギャラは私が払うわけではないのですが、時間が取れぬなら致し方なく木村くんとの接点はその後ないまま、時が経ちました。

木村くんには会わぬままでしたが、ゴロちゃんはじめ、香取くんと辞めた森くんには挨拶をもらっていて当時の事務所の子皆そうですが、メリーさんが「うちの子等には、礼儀だけは厳しく教え込むの」と自慢していたように彼らも、今時体育会でもなければないような折り目正しさでした。

V6の「子」たちも、軍隊式と言っては言いすぎですが、姿勢を伸ばし列に並んでのご挨拶をもらいました。ふと一時名誉理事を務めていた山梨航空学園の子たちの敬礼を思い出します。

諸星くんの衣装を私が楽屋で着せられ、それが妙に似合っていると言われたことなど、向坂さんとの久々の会話で気恥ずかしく思い出したのでした。

気恥ずかしいと言えば、これも昔ですが日テレの番組で、レポーターの皆様たちが「まんさまー!!」と声を上げると、私が登場、その日のトピックの芸能ネタを語る、とかいうのやっていたことがあり、今思うと恥ずかしさに悶絶しそうです。・・・・・・よく、やったなあ。

わかげのいたりは、ばかげのいたり。本日の自家製格言です。

 

 

誤変換その他、後ほど推敲致します。


 


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