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Channel: 井沢満ブログ
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直面 三島由紀夫の素顔

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無事、帰国致しました。時差ボケはさしてないようなのですが、それでも
しばらく使い物にならず、ぼーっとしています。

愚痴混じりの紀行文を読んでいただくのも気が引けていたのですが、
なんとかハッピーエンディング、おかげさまで。

離れると思うと、ローマの街がにわかに愛おしく裏道を歩いて
別れを惜しみました。人生もきっとそう。嫌だ嫌だと思いつつ、
終わる頃に、ここ(地球)もそんなに悪くなかったな、と
愛惜の念を懐くのかもしれません。そうでありますように。
嫌だ、嫌だ、ああ、やっと終わった、では残念です。

成田から都心へ向かう道すがら、美的感性で造られたローマの街に親しんだ目には
なんとも殺風景なバラックの無秩序な林立で、愕然。東南アジアから帰国の時は、
なんと整然と清潔な街であろうかと、その特有の空気の潤いと共に感嘆するのですが。

寄せられるコメントにはお返事も叶わず、失礼致しました。

行きは、故意に徹夜して飛行機に乗り込み精神安定剤と睡眠薬の多用でほぼ仮死状態で
上空を運ばれ、揺り起こされたらローマでした。ありがたかったのですが、
薬剤の服用が過度で、降りてからもふらふら。よく税関で、止められなかったものです。
帰りは用心して、帰国日は2時間ほどの仮眠の上、
航空会社のラウンジで精神安定剤を飲み、
機内で食事を摂り、ある程度時間が経過してから軽めの
睡眠導入剤を服用したら、適度にうつらうつらしながら本を読み、
そうこうするうちに、二度目の食事になる頃には眠り込んで、
ベッド状に平らに倒した座席に横たわったまま布団をかけて、成田まで熟睡。

なので、行きは飛行ほぼゼロ時間。帰りは、実質3時間ほどだったでしょうか。

薬を上手に使いこなせば、海外も平気かもしれません。
これなら南米までも飛べるかもしれない・・・とすぐ調子に乗るのですが・・・
性格自体が極端から極端に走る傾向で、中庸ほぼ無し。心がけてはいるのですが。

さて、機内の読書はタブレットに入れ込んでおいた岩下尚史著の「直面(ひためん)」です。直面は能を、面をつけず舞うことを指し、おそらく著者は三島の同性を恋うる
小説「仮面の告白」を対に置いたのでしょう。

直面は、三島の男との恋情沙汰ではなく、女性との濃密な恋愛を描いていて
三島という男、一筋縄ではいかぬ、と改めて思わされます。
三島の男関係については、情を交わした男から直接話を聞かされたこともあり、
そちら方面のことは割に知っていましたが、女性関係については
晩年近くある舞台女優さんと、ということだけしか知らずにいたので、「直面」で
るる述べられる女性との濃密な色恋沙汰は、新鮮でした。
優れた物書き、あるいはアーチストは男女両性をその裡に持つことが
多く、それじたいは承知はしていても、三島のように入り組んだ
性愛への感性と、高い知性と、いくらかの武士と、ないまぜになった人は稀有でしょう。

といって、すぐ眠ってしまったので速読の私にしてはいまだ五分の一ほどしか
読んではいないのですが。
口幅ったさを承知で申せば、専門領域に関わる言語を除けばあらゆる本を
読んでも未知の言葉に遭遇することは、めったにない私なのですが、
岩下氏の日本語は独特の癖をもちながら語彙の光彩陸離、この私が
(と、あえて傲岸に言い放つのですが)初めて遭遇する言葉、知っているが曖昧なまま語囊に放り込んだまま未確認の言葉の連打。

多少とも日本語は知っている、といううぬぼれは禁物だと禅の警策で肩を叩かれた
思いでした。

それにしても三島。親交のあった美輪明宏さんからも、いくつかの逸話は
耳にしていますが、性愛を含めてまるでプリズムが放つ虹彩のようにも
複雑で、そこに政治的な思想も加わりますから、やはり凡人の
理解を超えています。

ただ、その政治的発言に関してはここ数年、やっと(おそらくすべてを)
理解出来るようになったかと、思われます。

三島由紀夫という人は、視野が八方には届かぬ靄を周りに漂わせ
屹立する山なのでしょう。

政治的心情を寄せる人々には、別の頂きを、その芸術性を愛する人々が
観る光景はまた別の様相を、その複雑な性愛からアプローチする
人には、不思議な谷を垣間見せる山なのでしょう。

まだ、ぼうっとしていますが、今日は午後から帝国ホテルで
仕事関係の方々にお会いし、イタリアのファンの方々に
おびただしい握手と拍手、歓声とで愛され甘やかされゆるんだねじを、帰国早々キリリと巻かねばなりません。


地味な仕事師に戻ります。

 

誤変換、誤認識他、後ほど。

以下、順不同の画像です。

 

  ホテルに居着いた、「モナ」。映っている手は私です。         もう一匹の猫「リサ」です。中庭に出ると、緑の匂いが鼻腔を洗います。       カーテンコールの時もらった贈り物です。中にはパンフレットと、舞台で使われた
ブレスレッドのレプリカが納められていました。   背景は、浴室窓から見える裏通りです。             演目パンフレットの中身。物語がイラストと画像でまとめられています。     入場チケット、人のを借りて写しました。       ホテルで朝食中。       ホテル裏手の丘を散策中に、陽が沈み始めました。         航空会社のラウンジで、行きは閑散としていました。ウィークデーだからでしょうか。     バーも充実。写メしている私が鏡に映り込んでいるのがご愛嬌。 導眠剤を用いるので、酒は控えましたが。私が使った種類の眠剤に、お酒を重ねると一定時間の記憶が飛ぶのです。 別に憶えていたいほどの人生ではありませんが、実務に支障を来しかねないので。   ご飯が美味しいのと、居心地がいいので長居しているうち最終搭乗のアナウンスが
聞こえ、長い廊下を搭乗口まで小走りに走ったのでした。             アリタリア航空のこの便だけなのか、他もそうなのか知りませんがファーストは無く、ビジネスと、エコノミーの二種のみで、これはビジネスです。 小柄な私には、まっ平らになるリクライニングがほとんど快適なベッドでした。
椅子が、電動でマッサージ機に切り替わります。   私は放つ「気」が強く(怪しげな話ですが)、機器に影響を与えることがたまにあるのですが
行きも帰りも受像機をぶっ壊しました。筆頭スチュワーデスが、いろいろいじってくれるのですが、「ここだけ機器がクレージーになってる、わけわかんないわ!?」と慨歎してました。   枕元のスタンドの電球が爆発したこともあります。鳩山夫人に頼まれて「ラスト・サムライ」の
日本側プロデューサーを紹介した店で、座ったカウンターの頭上のライトが5つほど、ふいに
点滅を始め、店の人も鳩山夫人も目を見張り、プロデューサーは「Oh my god!?」と
呆れたこともあります。(プロデューサーは日本の女性ですが、海外が
長いのか、ふとした時に英語を口走ります)   信じようと、信じまいと、のらちもないお話でした。                

 

 

パンフレットの表紙。↑

Omaggio a Georgie Il Musical

これはシスティーナ劇場のではない他の劇場で、別キャストでの上演ですが
比較的内容が豊富に紹介されているようです。

Georgie il Musical: intervista a Lalo Cibelli

役者さんへのインタビュー音声らしく「イザワがどうの」と語っていらっしゃるようですが、さっぱりわかりません。

 

イタリアのファンの方と。

あちらからアクセスして、「私のがない」と思わせるのは申し訳ないので
見つける都度、アップしているのですが全部は無理です・・・・。

 

5日間、寝起きさせてもらったホテル・デ・ルシーです。

 

 

好きだった裏通り。この一隅に「ローマの休日」のグレゴリー・ペック扮する新聞記者が住んでいたアパートがあります。ここをホテルからまっすぐ20分ほど歩くと、スペイン広場。
逆方向に歩くと、すぐポポロ広場です。

 

ここがグレゴリー・ペックのアパートではなかったかなぁ、と思いましたが
説明がついているわけでもなく、分かりません。

もう一軒それらしいのを見つけたので、今度映画で確かめてみます。

 

聖フランシスコのアッシジ

 

  帽子が私です。アッシッジにて。

アップしそびれている画像は後ほど。

 

 

 


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