弟が都関連の財団の理事長をやっていて、10日にオフィスを訪ねたら
ビルの玄関に日の丸がはためいていて、はて旗日だったかな、
と訝しんだら、大空襲の日なので、との答え。
それゆえ、3,11にも弔旗を掲げるという。喪章をつけた日の丸ではないので
正確には弔旗とは言わぬのだが。
半旗でもなく、追悼の日の丸掲揚を見たのは初めてだったので
印象的であった。
ただ半旗のほうがいいと思うので、弟に後でメールで問い合わせたら、
「喪章付けか半旗が基本だと思いますが・・
・・・うちは、国旗を少し下げて、玉を黒い喪章で覆ってます」
との返信で、気が付かなかった私が迂闊である。物書きにあるまじき
観察力の無さ。
哀悼の日の丸掲揚は良い事だと思うのだが、都条例のネーミングに異議あり。
東京都平和の日というのである。1990(平成2)年に、「東京都平和の日条例」で制定。
平和国家日本の 首都として、戦争の惨禍を再び繰り返さないことを誓い、「東京都平和の 日条例」を制定、とある。
「戦争の惨禍を再び繰り返さない」と誓うのは筋が違わないか。
赤ん坊まで含めた非戦闘員10万人を大量虐殺したのはアメリカであり、
日本ではない。
広島の碑の文言と同じ欺瞞と自虐ではないか。
都条例が出されたのは、てっきりあの悪名高き美濃部さんの時かと調べたら
鈴木さんの時代だった。鈴木さんとは都庁でお会いして立ち話したことがある。
私を「外科医 有森冴子」の作者だと知って、「あなたが、あれを書いているの?」と話しかけてくださった。
その頃は政治にまったく無関心、無知であったので鈴木都知事の立ち位置などは存じ上げなかったのだが、美濃部さんのようなことはなさっていなかったようだ。
鈴木さんの在職時代にあの自虐文言。ということは何か抗いがたい
勢力なり、空気があるということなのだろうか。
何が何でもあの戦争は、一方的に日本が悪いということにしたい連中は日本国内にもたくさんいる。
私は大空襲の日を「南京大虐殺」に対抗して「東京大虐殺」と
呼び、この呼称を広めたく思っている。
南京大虐殺は誇張で大嘘であるが、東京大虐殺は文字通りである。
ちなみに、都庁での「平和の日記念式典」にはキャロライン・ケネディ駐日米大使が出席、黙祷を捧げたそうな。ヒロシマ・ナガサキでの式典にも参加なさったそうだが、いくばくか良心の疼きがあるのならよいとして、本気で米国は悪くないと考え日本側の「不戦の誓い」に参加の意識なら「どのツラ下げて」と
言わせて頂く。
行かないよりはマシかとは思うが、こんなおためごかしで騙されるなよ、お人好し日本。