昨日に続いて鄭義信作「パーマ屋スミレ」の話ですが、
その出来栄えの素晴らしさに私は実は立ち上がり、拍手したかったのです。
スダンディング・オベーションですね。
拍手だけでは賞賛の気持ちが足りず、立ち上がりたいというのは
単なる儀礼ではなく感動がもたらす情熱の動作なのだと、
よく解りました。
日本にスタンディングオベーションの習慣がないのが残念です。
その代わり欧米では、数分間のスタンディングオベーションも
ある代わり、ブーイングも凄く、これはやはり日本人のメンタリティには
そぐわないかもしれません。
美輪明宏さんのコンササートでは終演後、東京では観客は総立ちで
「美輪ー!!」「ブラボー!!」の声が毎度ですが、芝居がまちまちなのは
興味深いことです。
同じ芝居を私は長年見続けているわけですが、回によっては
出来栄え自体は同じなのに、何だろう熱度が足りないような?
と思っていると、てきめんスタンディングする人がまばらなのです。
正直なものだ・・・・・舞台は怖いなあという思いとともに、ほぼ同じ
配役、同じ演出なのになぜこう違うのだろうと思うと、映画とは
違って舞台は生き物である、ということに思い当たります。
その日の役者の放つ「気」の差異もあれば、観客との相互交流なので
観客が放つ気の高低も、またレベルもあるかと思われます。
美輪さんのコンサートは都内では、ほぼもうファンクラブ内で
はけてしまい、しかも最初は抽選になっていてその次は早い者勝ち状態なのは
先に綴りましたが、それでも頑として大きな劇場を選ばれないのは
「気」が行き渡る空間をお考えなのだと、思います。
今度うかがってみようと思いますが。
さて、政治問題は刺々しくなりがちなので、控えめにしているのですが、
それでも見逃せない記事があったので。
朝日新聞の社説です。
http://www.asahi.com/articles/DA3S12380370.html
一部抜粋
アジアでは、原爆は日本の侵略に対する「当然の報い」と考える人が多い。オバマ氏の広島訪問にも「日本の加害責任を覆い隠すものだ」といった批判が韓国や中国で相次いだ。
戦禍を被った国々と真摯(しんし)に向き合い、戦地での慰霊といった交流の努力を重ねる。日本がアジアの人々の心からの信頼を得るには、その道しかない。
ーーーー 抜粋ここまでーーーー
原爆投下を当然の報いと言い立てているのは韓国と、その次に中国しか
ありません。
朝日新聞の考えるアジアは、韓国中国北朝鮮だけなのでしょう。
と、記事にもブーイングを浴びせたいのがあります。
ちなみに日本が韓国人の被爆者に冷淡であったことはありません。
援助して援助して、一生懸命やって来ました。
でも返って来るのは感謝ではなく罵りで、そのうち嫌になって
援助も下火になった・・・・ようです。
http://www.sankei.com/column/news/160528/clm1605280007-n1.html