野菜が高騰して、給食を維持できないとして値上げをするより
父兄にはかえって、負担が少ないだろうと2回分の給食を
カットして、その分授業を午前中で終わらせるか、弁当持参をと
決めた市があります。
ところが、その措置に対して市に60本のクレームが来たそうで、
市長が教育委の決めたことをご破産にして、給食2回分の
中止は止めることにしたそうです。
私は単純に、わずか2回分の給食が中止になることを反対する人が
60人もいることに驚き、その逆にたった60人の反対で市が動くことにも
驚いたのでしたが・・・・・
午前の授業中止は、本末転倒なのでしょうがおそらく例外的に
弁当を持って来れない家の子のためなのでしょう。しかし
その数が、60名もいるとはこの豊かな日本で考えにくいのです。
60人全てが日本人なのかな、という思いも一抹よぎりもします。
給食わずか2回分のカットに反対する動機は子供にパンを持たせる費用を払いたくない、か弁当を作るのが面倒だ、なのでしょうか。
義務教育だから、給食費もただにすべきという考え方かもしれませんが、
給食法によれば施設・人件費は学校側、材料費は父兄と決まっています。
それでも、月4千円程度の給食費を払わない親が相当数いるとかで、これも私には理解できないことの1つです。
払わない自分の家の子は、払っている他の家庭からのお金に
寄生して食べさせていただいているという惨めさに置かれるのに、
それを惨めと思う誇りもなく「ただでラッキー」というほどの心情
なのでしょうか?
弁当にすると、内容に格差が生じて不公平だなどという
ことをいう父兄も、いかにもいそうです。
昔は、格差は当たり前でした。いったいに貧しかったけれど、親の
子供への関心の強弱で内容も、心のこもらない貧相な弁当、彩りまで考えた心尽くしの弁当と、その内容の貧しさへの恥ずかしさより、親の愛の薄さを
知られたくなく、弁当箱の蓋を衝立に隠して食べている子もいました。
当時も弁当は高校になってからでしたが。
それこそ、有償にしても高校も給食制度にしてあげたかったと、その当時を
思い出します。
たまりかねた某市は、給食費を出さない親の子には給食を
出さないことにしたら(これも批判は必至でしょうが)、てきめん
殆どの親が払い始めたそうです。
給食費を出し渋ると、安全な日本の食材を諦め、衛生面で問題のある
国の食材に切り替えねばならないこともありそうです。
近年、些細な事でクレームをつけるモンスターペアレントの急増には、
某学校で親としてやりたい放題、自らとお子様の都合で
伝統を壊し続け例外を多く作られた某ご両親の存在も
大きな影響を社会に与えたのではなかろうかと、私は
思っています。
権利意識肥大で、義務は最小限か放棄。
「自分の都合」ばかりを主張する人たちが増えてくると、
そういう一角からも日本という国が壊れて行きます。
また近年、病院でも権利ばかりを主張するクレーマー患者、
モンスターペイシェントも増えて来ているようで、それも自費患者で
ないケースが多いと、これは知り合いの医療関係者の話です。
私は、自分の子供が義務教育に通っているわけではなく、
親の心情も立場も解らぬまま書いているので、
実情認識に誤りがあれば、教えていただきたいけれど。
誤変換他、文章の瑕疵は後ほど推敲致します。