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新作ドラマ 「わが家」情報

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脚本を掲載して頂く「ドラマ」誌に、情報解禁のお知らせメールをしたら

解禁と同時にあちこち、早速ニュースが出回っているという

返信だった。

脚本では、向井理くんの息子と長塚京三さんの父親に殴り合いの

ケンカをさせたく、少々難しかったが何とか壁を乗り越えて

書けた。

画像は著作権的に少々どうかな? だが宣伝期間中なので

お目こぼし頂くとして・・・・。

 

以下、ブログ読者様へ日頃のお礼を兼ねてサービス。

脚本の一部分である。

◯リビング

 一歩と、武士(たけし)の二人きりである。

 

武士「これからどうするんだ?」

一歩「どうって?」

武士「浮草みたいな暮らしも、そうは続かんだろう。いずれしっかりした仕事に就かないと」

一歩「出世もゼニも要らねえ、って言わなかった?」

武士「言った。しかし今のままじゃ、所帯も持てんだろう」

一歩「持っても途中で投げ出しちゃしょうがないし」

武士「オレのことはとりあえず、おいといてだ」

一歩「凄く入りたい会社があったんだ」

武士「試験落ちたのか」

一歩「面接で落とされた」

武士「え」

一歩「言いたくないけど、オヤジがいないせいだ」

武士「そう言われたのか」

一歩「言われないけど。お父さんはどこの料亭で働いてるのかって訊かれて、つい口ごもっちゃったんだ」

武士「今どきそういうことで、落とす会社はねーだろ」

一歩「言い切れる?」

武士「能力が秀でてりゃ、親はなくとも、世の中は拾い上げる。オレはそうだった」

一歩「腕一本の仕事と会社は違うよ」

武士「やる気の無さを、オヤジがいないせいにして、逃げてるんじゃないのか?」

一歩「はぁ!?」

武士「自分に言い訳するような生き方は止めておけ」

一歩「おふくろは離婚もしないで、毎日家掃除して守って、布団干して! ほの香は、結婚相手にも本当のこと言えず、苦しまぎれの嘘ついて。家族それぞれが、どんだけ!!」

武士「オレがオヤジに死なれたのは、三つの時だ。それでも、へこたれず仕事した。所帯も持ち、二人の子もなした」

一歩「捨てといてよく言うよ!」

武士「(瞬時見つめていたが、挑発する)女々しいやつだな」

一歩「はぁ!?」

武士「オヤジがいねーくらいで、何をくどくど。自分の半端な生き方を、オヤジのせいにして満足か。そういうの、卑怯者って言うんだよ」

 

  一歩、はじかれたように立ち上がり、武士を不器用に殴る。

  武士、一歩を鮮やかに殴り返し、一歩は見事に吹っ飛ぶ。

起き上がり、武士に獣の吠えるような声を上げ突進、むしゃぶりつく。

  もみ合う。二人の感情の背後には、永遠の別れを目前にした親子の気の昂ぶりもある。

  鯛子と、ほの香が現れる。

 

鯛子「一歩!」

ほの香「お兄ちゃん!」

 

 一歩、武士を殴る。倒れる武士。

 一歩、馬乗りになる。

 

鯛子「一歩、やめなさい、何してるの!!」

一歩「親に捨てられた子供の気持ちが、分かるか!! 世界中から突き放されたみたいに、寂しくて、心細くて!!」

ほの香「(一歩の感情に呼応するように、涙が噴き上げる)」

一歩「親に棄てられた子って、生きていく自信も失くすんだよっ。お前は要らねえ子だって言われたんだから!!」

鯛子「そうじゃないのよっ!!」

 

 一歩、武士を殴る。

一歩「まだ、胸の中に、子供のオレがうずくまってるんだよ。オヤジの名、呼びながら、泣き続けてるんだよ、あんたに、わかるか、わかるかっ!!」

ほの香「お父さん、抵抗してないじゃないのっ!!」

武士「(打たれるままになっている)

一歩「やり返せよっ!! なに、黙って打たれてんだよっ!!」

 

  馬乗りになっていた一歩、離れて床にへたり込む。

  ほの香、台所へ走る。

  一歩、泣きながら部屋の外へ。武士は、胸元もはだけ帯はズレ、滑稽なような無残なような状態になっている。

 


総絞り

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園遊会は遠い世界だが、たまたま知り合いが出るとその時は

少し身近に感じる。

仕事でかつてお付き合いがあり、食事を2度ほどご一緒した十朱幸代さんが

出られ、総絞りの和服が見事だというので画像を探したが断片しか見当たらなかった。

皇族方は和服で、招かれた側にも和服が目立ち華やかな1日である。

人形浄瑠璃文楽の竹本住大夫が、文化勲章を得られたのは嬉しい事だが

それにつけても、文楽という世界に比類の無い芸術に助成金を断ち切る

橋下徹市長の文化的IQの低さが無念である。

と、ふと東京を振り返れば舛添氏。

東西、日本文化とはおよそかけ離れたお方たち。

これはそのまま、市民と都民の、ひいては国民の文化IQなのかもしれない。

小説「わが家」

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Amazonに、もう告知があると聞いて覗いて見たら・・・・・

表紙が2種類ある。

たぶん、俳優陣が載っているのがオンエア日まで使われ、

イラストが放送日以降に使われるのだと思う。

二種類というより、最初のが帯なのか?

 

 

 

上記の写真撮影時には、私もスタジオにいた。

全てのシーンを撮り終えた直後だったと思う。

情報解禁と同時に、あちこち記事と画像がいっせいに出回ったようだ。

家族感が良く出ているように思う。

 

小説 後書きより

 

 

「たとえば、あとがき的な?」

「今回は小説は書かないんですか?」

 

と、向井理君に訊かれた。「今回は」と言うのは、やはり彼と組んだドラマ「花嫁の父」(2012年MBS制作TBS系)では小説(「ゆきの、おと」講談社)を出したからだ。「どうしようかなあ」と向井君には答えたのだったが、このたび出版の運びとなった。

 

 「花嫁の父」では、聾唖の女性をひたむきに愛する、素朴で寡黙な青年を演じてもらった。雪が降りしきる中、ヒロインへの求愛のシーンでは、少年期が消え去る間際の、清潔で儚い輝きを見せて貰った。

 

 滅びがあるから、命は美しい。永遠ではないから、つかの間の若さが愛おしい。移ろう時間を仕留めて、あたかも蝶の標本にしたような映像に仕上がり、向井理をこれほどきれいに撮った映像は他にないと私は思う。

 

 それから三年が経ち、すっかり大人になった向井君の新しい一面をどうやって引き出すか、それが私に与えられた課題だった。制作側は「父と息子」をやりたいと言い、私は即座に菊池寛の「父帰る」の現代版をやろうと思った。家出して長年消息不明だった父親がある日突然舞い戻り、家族に一波乱が起きる。

 

 現代でどう描こうかと考えつつ、ドラマのプロデューサーであり監督である竹園元さんと取材に出かけた。その帰りの電車で読んだ週刊誌に「人のレンタル」の記事があった。便利屋の発展形みたいな商売で、父親役や恋人役など、人を需要に応じて派遣するのである。

 

 向井君の仕事をそれに、と思ったとたん、コミカルなトーンで話がはじけた。父親不在の家で育った向井君は、仕事として家族を演じながら、家族とはなんだろう、と考えざるを得ない。

 

 向井君の母親役を演って頂いた田中裕子さん主演で昔ドラマを書いたことがあり、作品は国内外の賞を頂き、田中さんはモンテカルロ国際テレビ祭で主演女優賞を獲得した。田中さんの職業をその頃走りであった便利屋のスタッフにして、擬似家族の話であった。今回のドラマの発想の根っこにはそれも、あったのかもしれない。田中さんとは、三十年ぶりぐらいの再会である。社会からドロップアウトして便利屋のスタッフになった若いOLを演じて頂いた田中さんに、老い始めた母親役を演って頂く。時は飛ぶような速さで過ぎ去った。

 

 人生はつかの間の幻。そういう私の感慨を託したのが、長塚京三さん演じる父親である。「シノプシス(あら筋)を読んだ段階で出演を快諾頂いた。何を面白いと思って下さったのか、お会いして言葉は交わしているのに、お聞きしていない。初めてのお付き合いである。スタジオの片隅で、演じるのを拝見していたら、飄々(ひょうひょう)と洒脱なのに、一瞬息を止めて見入るような凄みを見せていらした。

 

 スタジオの外の椅子に腰を下ろしていると、出番を終えた役者さん達が通りかかる。

 

 「なんで、若い子の言葉が書けるんですか?」と話しかけてくれたのは、向井君の妹を演じてくれた村川絵梨ちゃんであり、これは私には最大級の褒め言葉であった。「せりふが自然なんで毎日現場に来るのが楽しい!」と手放しで言ってくれる絵梨ちゃんの髪に天使の輪が揺れていて、小説での妹の描写のヒントを貰った。兄妹が足を蹴り合ってケンカするくだりがあるのだが、「激しくやりましたよぉ」と嬉しそうであった。

 

 ロケが多い作品だが、一家が住む「わが家」はスタジオにセットが組まれた。画面には映らない細部まで丹念に仕上げてあり、脚本を書いている間、このくらいの細部が脳裏に浮かばぬうちは、まだまだだなと思った。

 

 小説版では向井君に、ハリウッドの古典ミュージカルのタップを踏ませているが、脚本には書いてない。後で思いつき、竹園さんにメールを出した。それきり、忘れていたのだが、「『雨に唄えば』をやりましたよ」と、向井君が休憩室の長椅子でボソリと言った。私はそのロケに立ち会ってはいない。兄妹ゲンカのシーンと共に、楽しみである。

 

向井君の女友達役のセリフに「意地を張るのも男だけど、頭の下げどころを知っているほうが、もっと男だよ」というのがあるのだが「これを言う女は、いい女です」とまた、向井君がボソリと言った。役として言っているのか、素顔の彼の発言なのか、まだスタジオでの劇の雰囲気を引きずっている彼の言葉は、判断がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わが家」脚本より

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「わが家」脚本より 一部抜粋

 

一歩「(鯛子に)なんで、住所聞いてないわけ?」

鯛子「そうね。聞いておけばよかったわ」

一歩「ひょっとして、死んじゃったとか?」

鯛子「―――」

ほの香「人が結婚するって時に、そんな話!」

一歩「気になるだろ!」

ほの香「だって、お兄ちゃん、お父さんは(許さないって)!」

一歩「(語尾食って)けじめの、問題!妙なことになってて、後でトラブったり、そういうの(困るし)。長男のくせに、親ほっぽっといたとか言われるし」

ほの香「お父さん独りでいるのかな。誰かと一緒にいるんじゃないかな」

一歩「(虚をつかれ)え・・・・」

ほの香「お母さん?(と、促す)」

鯛子「(頷く)」

一歩「女、いるわけ!?」

鯛子「随分若い人らしいけど」

一歩「はぁ?なに、それ!?」

ほの香「そんなに驚くこと?普通だよ」

一歩「お前の普通って、なんだよ!?」

ほの香「あたしは平成生まれ。お兄ちゃん昭和。価値観、違うんじゃない?」

一歩「(むきになり)自分だって!昭和と平成が入れ替わる年の、たまたま平成側だっただけじゃん!(と、ほの香の足を蹴る)」

ほの香「痛っ(蹴り返す)」

 

  二人、少年少女期の兄妹に感覚がワープしている。

 

一歩「本気で蹴った!? お前、本気で!?」

ほの香「すぐ、むきになる。うざ~」

一歩「はぁ!?」

ほの香「はぁ、しか言えないの!? ボキャブラリーないの!?」

一歩「はぁ!? 誰のためにわざわざ家に(帰って来たと)」

ほの香「(語尾食って)頼んだわけじゃないでしょ!」

一歩「お前なあ!」

ほの香「なによ!」

鯛子「うるさい!(と一喝)」

一歩・ほの香「・・・・」

一歩「おやじが出てったの、女が原因なの!?」

鯛子「違う。出てってからよ、女の人出来たの」

一歩「じゃあ、なんで出て行ったわけ」

鯛子「独りで考えたいことがあるって」

一歩「はぁ!?考えるって、何を。二十年も考え続けてるわけ」

ほの香「子供は?お父さんに、私たちの他に子供はいないの?」

一歩「え!?」

鯛子「いないと思うけど」

一歩「子供!?」

ほの香「だって、女の人と暮らしてたら」

鯛子「子供はどうかしら」

一歩「もしいたら、オレたちの弟か、妹?」

鯛子「そうね」

一歩「勘弁してよ。遺産の問題とか、そういうの」

鯛子「そんなもん、この家以外にありゃしないわよ」

一歩「電話番号以外になんか、手がかりないの?」

鯛子「仕事先なら聞いてるけど。甲府市内のホテルの厨房」

 

「わが家」シーンから

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あさチャン20141107

 

ひるおび 20141107

栄光と影

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羽生結弦選手が、何だか調子悪いなあと見ていたら、今度は

激突で負傷・・・・・・。

私は負傷の後の滑りは、痛ましくてちらっとしか見ていない。

 

カメラを盗んだと言われた水泳選手の件は報道をじっくり見ていず、

また個人的に情報も得ていないので、全く真相が解らない。

ただ、韓国で「認めなければ出国させない」ともし言われたことが事実なら、

あの年齢の若者が、踏みとどまって抗弁するほどの強さはないことは

理解できる。

いや、いい大人でも相当強靭でないと、粘れないかもしれない。

日本国内での暮らしが、その日を境に途切れてしまうのである。

産経新聞支局長の例もあり、韓国のみならず海外での

拘束は強烈に不安なことである。

私の海外暮らしで拘束の経験はないが、くたびれることの一つは常時

外国語を喋っていなければならぬことの他に、法律さえ知らないという

漠然とした不安が常に背中合わせにあったことだ。

たとえば、麻薬のように日本では考えられないが、死刑という国もある。

水泳選手はやったとされる時間にはアリバイがあるそうで、

そうしたら韓国側が時間を訂正してきた、とか?

肝心の防犯ビデオをおおやけにしないこととか、

不審な点は韓国側にもある。

防犯ビデオを見たとおっしゃる水泳連盟の方にももうちょっと、突っ込んで聞きたい気もする。

心情的に若い水泳選手のほうを味方したいので、

その主観が入り込み、勘が作動しない。

真相らしきものは全く見えない。

・・・・・だが、彼が犯人だとほぼ決めつけて報道する

番組もあるという。時期尚早ではないだろうか。

そう言えば常日頃、韓国に心情を寄せる傾向のある番組である。

・・・・・・若い野球選手でそういえば学生時代にアダルトビデオに出て、

それをプロ入りの際、あげつらわれた若者がいて、会ったことはないが

私が親しくしていた人が面倒をみていた子で、いくらか内部的な話は

聞いていた。

あれから、どうなったのか。

アダルトに出たことで、その後の野球人生を棒に振るとしたら

少々酷だとは思うのだが。

運動部の連中が、部活費稼ぎ程度の意識で出ることもあると、

聞いたこともあるが、実際は知らない。

結局いずれも、私が定見を持ち得ない事柄ばかり、

若いスポーツ選手の挫折というくくりだけで、連想が飛ぶまま書き散らした。

羽生結弦くんのそれを挫折と呼ぶことに対しては、異論を受けるかもしれないが。

芸能界で頂点につかの間いて、滑り落ちるさまなど目の当たりに見ているので、

それへの心情を重ねてスポーツ選手も見てしまう。

栄光の光がまばゆい世界は、裏腹の影も濃いのだ。

頂点で喝采を浴びた者の墜落は、墜ちた痛みが常人とは違う。

盗られっぱなし

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珊瑚の密猟に対して、政府は「罰金を上げる」そうで、虚脱した。

テレビでちらっと漏れ聞いただけで詳しいことは解らないが

罰金を上げる程度では無論また来る。

実際に罰金を払っては、また来ている。

なぜなら儲けが巨額だからだ。

ある者は39億円儲けたという。

小笠原の海から珊瑚がなくなり、そこに産卵する魚もいなくなる。

それでも政府は「罰金の値上げ」だそうな。

涙も出ない。

あれだけの船舶が領海内に押しかけひしめき、

もしある日それが密漁船を装った軍隊の船なら、とは考えないのだろうか。

台風をわざわざ狙ってくれば港に入れてもらえるらしいし。

自衛隊法を調べてみた。

海の財産が盗られている時、発動出来る。・・・・・はずである。

自衛隊法第82条

防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。

海上警備行動とは、防衛大臣が、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要があると判断した場合に命ぜられる、自衛隊の部隊による海上における必要な行動をいう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

自衛隊法82条は有名無実だということか?

「わが家」あれこれ、そして次回作

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「わが家」のPD(プロデューサー・ディレクター)の竹園さんから

昨日午後電話あり、新聞の取材その他活発に動いているとか。私へも

新聞の取材申し込みだった。

こちらのブログも覗いているらしく、その話題で笑ったり、後は次の作品の

ラストシーンで私が思いついたことなどお話ししたら面白がってもらえ

延々と長話になりそうだったのだが、竹園さんに割り込み電話が入って

おしまい。それでも、随分長いこと喋っていた。

意思の疎通が円滑な相手だと、作品の発想もなだらかに行く。

次回作の冒頭シーンはもう決めていて、ラブストーリーでかつて描かれたことの

ない出方をするつもり。

「わが家」に関しては来月10日頃、編集作業が終わる予定だとか。

本当は、それ以前に見せて頂きたいのだが「完璧な段階でお見せしたいので」と

それも、もっともなことなので辛抱して待つことにする。


思い出が消える

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MBS「わが家」の公式HPに、作者の言葉を寄せたので

間もなく掲載されるかと思うが・・・・・

その中にEさんのことを書いた。

世田谷の野沢という、私にとってはふるさとのようなところで

ご近所さんだった方だ。

犬連れの散歩者同士でいつの間にかお話をするようになり、

そしていつしか、私のドラマを何作も見ていてくださっていることを

知った。あちらは当初、私を私とは知らず、犬の飼い主同士として、

知り合った。

的確な感想をくださる方で、私にとっては身内よりも身近な、

「第一番目の視聴者」であった。

だから新作の放送が決まると、真っ先にその方にメールをする。

今回もそうした。

ところが、いつもは打てば響くでお年に似合わぬはしゃいだ

絵文字いっぱいでお返事をくださる方が、来ない。

そのうち、やはりオンエアを知らせた別の方から

メールが入った。

Eさんがタクシーの中で心肺停止になり、今実は救急治療室に

いる、と。

それが4日だったという。

処置で心肺は動き始めたが意識は覚めぬまま、

今日に至る。

MBSの公式HPに言葉を寄せた時点では、まだ一縷の奇跡に

すがっていたので、末尾に「回復を祈りつつ」と記した。

しかし、医学上もう目覚めはあり得ないという判断になったそうで、

送り込んでいる栄養を止め、自然にあちらへ向かわれるようにするという。

生前私の犬達がお世話になった方でもあり、私一筋で人に

慣れようとしない下の子が、なついていた数少ない人であり、

私や家の者が長時間留守するときは家の鍵をお渡しして散歩に連れ出して

頂いたり、時には一泊で預かっていただいていた方であり、散歩もいつしか

長時間をお互いの犬達と一緒にしていた。

私の上の子はパピヨンで、これは人懐こく社交的で陽気、

下の子がチワワでこれが偏屈で、私に密着する余り

人に心を開いていたのが、私の母、それとしじゅう預かって頂いていた

お隣の方、そしてEさんの3人だけであった。

だから私は、第一番目の視聴者であると共に、私の犬達を

最もよく知っている人を同時に喪う日をやがて迎える。

お互いの犬達も身内感覚であったせいか、どうなのか

逝った日にちも、23,24,25日と月はそれぞれ違うが並んだ。

Eさんは間もなく深く愛していた「子」(犬とは言わない)に再会できるで

あろうか、とそれだけがいくらかは、なぐさめになる。

そんな折、私が犬達と暮らしていたエリアにあったイタリアンの

店が閉店になると、オーナーからメールが来た。

自分の家のダイニングのように入り浸っていた店である。

出前はしない店だったが、来客が大勢あるときなど

ピザを配達してもらっていた。安くてとびきり美味しい店で、

転居して遠くなっても、たまに食べに出かけていた。

思い出がひとつ、また消える。

私の犬達は、晩年病んでくれて徐々に死へとあゆんで行ったので、

心の準備が出来たのだが、大切な人は今まで二人、

「明日またね」と別れ、翌日や10日後にはもういなくなっていた。

長く生きるという事は、経験や知識を得ることでもあるが際限なく

人や愛する他の命を喪失していくことでもある。

一期一会という言葉が、としどしに意味を深くして行く。

それでもまだ人さまと相対するとき、腹のくくり方が緩いと思う。

どこかで「またある明日」と思っているのだ。

 

 

 

MBS「わが家」公式HP http://www.mbs.jp/wagaya/

韓国護るには日本の許可がいる米軍

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「シンシアリーの日記」というタイトルで韓国在住の韓国人の方が書いていらっしゃるブログの視点が興味深いので、時々拝見している。

頭のいい、感受性の柔軟な方で公正な視点を持っていらっしゃる。

シンシアリーさんによれば、韓国に北から攻めてきたとしても、

在日米軍の介入は日本の許可を得なければならぬ。とすると

朴槿恵政権にとっては痛いことであろう、と。

しかも今回の記事はアメリカの学者が書いたそうで、韓国にとっては
安部総理が仰るのと意味も重みも違う。

許可の必要性は漠然と知らぬわけではなかったが、アメリカの学者がそれを唱え、韓国人が紹介したということが興味深く思われる。

もし北が攻めてきても、日本は米海兵隊に出動の許可は与えないからな、という脅しの外交カードを手にしているわけだが、日本は使わないだろう。

・・・・・いや、参議院で安部総理がそれを口にしたということは、「使った」のか?
発言時の諸状況を知らないので、解らない。

米専門家が寄稿・・「朝鮮半島の有事の際に米軍が出動するには日本の許可が必要」


「アメリカのアジア太平洋安保研究センターのジェフリーホノン教授は11日(現地時間)、戦略国際問題研究所(CSIS)に寄稿した文で「日本の安倍晋三首相が7月の参議院で『韓半島(朝鮮半島)有事の際に在日米軍基地から米海兵隊が出動するには日本政府の了解を得なければならない』と発言したのは、法的に正確である」と明らかにしました。


http://media.daum.net/foreign/others/newsview?newsid=20141112080005598
 

言葉

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MBS特設サイト「わが家」へ寄せる作者の言葉を書いたのが7日なのだが

多分準備の都合で(私の写真など)まだ載らないようなので、先にこちらに転記しておきたい。

なぜなら、人の命が関わることで・・・・まだこの世に息をとどめていらっしゃる間に

外に向かって発しておきたい言葉であるので・・・・。

 

今日「わが家」のオンエア日時が決まって、真っ先にメールしたEさんは私が以前暮らしていた土地でご近所であった。犬の飼い主同士としてのお付き合いであったが、たまたま私が書くドラマのファンでもいてくださった。

お知らせすると、打てば響くようなお返事をくださる方が、珍しく携帯が鳴らないな、と思っていたら別の方からメールが入り、Eさんが心肺停止で救急治療室にいるという。言葉を失くした。

人は大切な存在を失うまでその価値を思い知らぬ事が多いのだが、私もその愚かな人間の一人である。最も身近な視聴者の一人であった方に、今回のドラマを見ていただけぬかもしれぬと思ったら、なんとも言えぬ喪失感と寂寥、そして悲しみが来た。

ドラマを見て頂く、というのもご縁なのだと、年々(としどし)にその思いは深くなっている。

脚本を書く時には、誠実でありたい。楽しんで頂けることに心血を注ぎたい。

見てくださる方もそして私も、いずれこの世を去る。

世の中のあらゆる関わりと同じく、ドラマの作り手とそれを見てくださる方、というご縁も、この人生のつかの間の火花であろう。ドラマを見て頂いている間は、命と命のスパークでありたい。

新春ドラマへの一言としては、いささか場違いかもしれないが、これが目下この瞬間の私の率直な気持ちである。

 

肝心のドラマについての記述が末尾になった。
向井理さんとは二度目だが、役者と作家として、とびきり相性がいい。あちらはどのように思われているのか解らないが、漏れ聞こえる言葉の端々からたぶん、思いは同じくしてくださっている気はしている。

こちらが脚本に込めた思いと狙いを寸分たがわず正確に受け止めて表現してくれる。

余計なことはせず潔い演じ方。長く役者と関わって来た経験則で言えることなのだが、このタイプの役者が大成する。その場で上手いなと思わせても、小器用な向かい方をする人はそこそこで終わる。おそらく演じ手としての心ばえと品格に関わることなのであろう。

さらに言えば、99%脚本家が込めたことを正確に演じて、1%思わぬ良い裏切りをしてくれる役者はいずれ頂点に立つ。向井さんに期待している。

長塚京三さんとは初めてだが、スタジオでの演技を拝見していて、凄い。ほとほと凄い。向井さんとの殴り合いに至るまでの、セリフのテンションの上げ方が難しかったのだが、長塚さんは向井さんの「はあ?」という口癖を上手くリピートして、向井さんが殴りかかれるように感情をそそり立て、鮮やかであった。1秒間ほどのこの箇所は、脚本には書いていないのだが、これは小器用とは言わない。脚本の行間から掬い取った役者の霊感のごときものであり、1%の良き裏切りである。

田中裕子さんとは、たぶん30年ぶりぐらいの再会である。田中さん主演で書いた時は、田中さんに社会からドロップアウトした若いOLを演じて頂き、内外の賞を得て田中さんはモンテカルロの国際テレビ祭でシルバーニンフ賞(主演女優賞)を得られた。
大成功したコンビであるのに、その後全く仕事の機会がなかったことも、これもまたご縁なのであろう。

時は経ち、今度は老いを意識し始める母親の役どころで出て頂く。そのことに感慨がある。

村川絵梨さんには、「なんで、若いこのセリフが書けるんですか!?」と言って頂き、若い村川さんに「いい子いい子」してもらったような気分であった。

「採れたてピチピチの野菜」という田中さんに書いたセリフも絶賛してもらい、この歳になると手放しで褒めてくれる人もいないので、私は無邪気に嬉しかったのである。

 

この種の文章での定番美文は好まない。掛け値なしで、これほど全部適役を頂いたドラマは初めて。4人の役者さん以外の方々も適材適所。向井さんのガールフレンド的役を演じてもらう市川実日子さんは意外だったが、これはいい驚きで納得。脚本に続き、小説版を書く際にはむしろ市川さんのイメージで書いた。

小説は竹書房さんから12月の初旬に出て、脚本は映人社の「ドラマ」誌新春号(12月発売)に掲載される。

スタッフはプロデューサー・監督の竹園元さんはじめ、「花嫁の父」「母、わが子へ」「命」を送り出してきた安定のスタッフで、これもまた有り難い「ご縁」である。

(2014年11月7日。最も身近な視聴者Eさんの奇跡的回復を祈りつつ記す)

 

「わが家」特設サイト http://www.mbs.jp/wagaya/

Eさんがタクシーの中で心肺停止され、救急治療室に入られてから
今日で10日め。もう意識が戻ることはないそうで、送り込む栄養が
ストップされてから、たぶん5日間ぐらい経っている。

いつ「お知らせ」が来るか落ち着かなく過ごしている。

滅入ってはいたが冷静に淡々と受け止めていたつもりだったのだが、気を許した知人に
「Eさんにもう、私が書いたドラマを、見てもらえないよ」そう口にしたとたん、
涙が噴き上げ、うろたえた。

わからない国

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韓国の某アイドルに「親日派」というレッテルがネットで貼られ、

それを「名誉毀損」だとして父親が訴訟へ、というニュースを読んで、

無表情にやり過ごしたら、今度はピカチュウショーに人々が殺到、イベントが全て中止だそうで。

これも無表情に聞き流そうと思ったが、やっぱり言わずにいられない。

「整合性ってないのかい」

 

 

 

 

 

防衛は国の専権事項

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沖縄県知事選の結果を受けて、防衛を心配している人がいるが

防衛は国の専権事項なので、とりあえず関係ないといえばない。

沖縄の方々にはご負担を強いるが、そのために莫大な

補助金が国民の税金から拠出されている。

だから、がまんしろという傲慢な言い方ではなく軍事上の地政学から、これはもう致し方ない側面があり、

そこはご理解願いたいと、これは沖縄の方々の神経を逆なでするのだろうし、政治家でもない私が言うのも僭越、滑稽ですらあるかもしれないのだが、一国民としてのお願いでしかない。

沖縄もさることながら、国境最前線である対馬が危うい。

こちらにも政府が補助金を出し、外国による土地の買い占めを防いで欲しいのだが。

私も多少存じ上げている宇都隆さんたちが乗り込んで調査なさったりしているので、問題意識がないわけではなさそうだが、はかばかしく事が運ばない。

ご縁 高倉健さん

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高倉健さんが去られたようだ。

健さん主演で映画のお話を昔頂いたことがあったが、

若気の至りで、あるつまらない理由からご辞退したことがある。

それからずいぶん歳月が流れ今度は、健さんに

歌わせたいので、作詞をしてくれないかと。

これは二つ返事でお受けした。

「ロシアホテル」というタイトルで、歌詞にチャイコフスキーという

一人称を織り込むような、我ながら面白い作風の詞が出来た。

すると健さんから、「井沢満さんの詞が素晴らしい」とプロデューサー宛てに

達筆の書簡が届き、私も見せてもらった。

曲はヒット曲が幾つもある大御所に頼んだということで

楽しみにしていたのだが、仕上がった曲をテープで聴いて

絶句した。

詞とはまったく違う世界。

詞の世界観が消え果てていた。

作詞の世界では素人に近い私であるし、我慢して黙っていたのだが、

案の定健さんから、断って来た。

映画と歌と、ご縁が生まれかけて消えたお方である。

ご冥福をお祈りします。

 

取材

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「わが家」に関して取材をしてくださる、というので某新聞社さんに出かけたのが昨日。

皇居のお堀を見下ろす場所に社屋があった。

私の後、向井理さんへの取材をなさるそうだ。

帰り、付き添って頂いた局の方と私が東京一美味しいと思う

広島風のお好み焼き屋さんへ。

お好み焼きメインだが、メニューが多い。

たとえば、山芋とチーズをブレンドしたものとか。

新聞社は高倉健さんの訃報で忙しくしていた。

コメント欄に、私が高倉さんにあて作詞した詩の内容を

知りたいとご要望を頂戴したが、渡したきり控えを取ってない。

「ロシアホテル」というタイトルで・・・・断片的に思い出すのは

クレムリン広場に・・・

チャイコフスキーの・・・・

夢も眠れぬ白夜を旅して・・・・

など、スケール感のある内容で、その当時の歌詞にはない

斬新感もあったと自負している。

高倉健さんにも激賞して頂いたのだが、あいにく

ついた曲が見当違いで私は絶句、高倉さんは

下りた話は書いた。


死ぬ権利

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救急救命室にいる私の知人だが、今月の4日に心肺停止で蘇生措置が

施され、しかし意識は戻らぬままで、心臓は人工的に動かされながら

いまだ生きながらえている状態なのだそうだ。

それを生きている、といえる状態ならば、だが。

頭の片隅に、「その時」のお知らせがいつ来るか、と重くあるのだが、

連絡が来ぬままなので問い合わせみたら、上記の答えだった。

私は飼い犬を通じて長いお付き合いだったので、Eさんの死生観は

遠いご親族の方より存じ上げている。

毎日の散歩で、ゆうに日に2時間から3時間、犬達のリードを手に、

あれこれ語らっていて、それが10年間を超えている。

言ってしまえば、措置は要らぬからさっさと逝かせてください、が

Eさんの希望である。

しかし単なる他人の私に何の発言権もない。

今はむしろ、早く肉体の軛(くびき)を離れられ、自由な世界に

開放され、誰よりも何よりも熱愛されていた愛犬と

再会させてあげたい。

・・・・・・というよりも、もう魂は放れていらっしゃると私は思う。

魂のことはひとそれぞれ考えが違うだろうが、私のように

霊感的要素は強くはないが、幾つかの過去世の記憶、また死者との会話など、

多少の異界の体験をしていると、それはあるとしか言えず、

肉体は単なる魂の容れ物、ないしは

宙に漂い出す魂をこの地球に繋ぎ止める鎖のようなものでしかない、と

単純にそう思っている。

魂が抜け出した肉体はもう、その人そのものではない単なる

抜け殻である。

たまたまテレビで尊厳的な死を取り上げていて、見ていたら

たとえ意識が失せた状態でも肉体が生きている限り、

この世にいたいので、生かしておいて欲しいという人が、

それでも10%もいるそうで、私などはため息混じりに驚く。

意識なくこの世にあって、器具の力で延々と生き延びて何になろう、というのは

私などのように、この世への執着がもともと希薄な者が言うことなのであろう。

魂の不死を知っていればそう肉体的な存続に執着することも、ないのではないろうか。

人間として、最小限心得ておくべきことが霊的なことだと私は思うが、生きることを教えても、死ぬことを教える教育はない。

いかに死ぬ権利を守るか、いつかドラマで描いてみたい世界ではある。

身寄りのない、あるいは薄い人の死に際の意志をどう汲み取るか良心的な医師は苦慮するらしいが、人は常にその意志を記したカードを所持してはどうか。
それを国の施策として行わせては。

私はもう何十年も前から「日本尊厳死教会」の会員であり、要するに

過剰な延命はして欲しくないというリビングウィルのカードを保持しているが、

延々と生きながらえていて、最近保持しているのかどうか忘れている。

あとでチェックしてみることにする。

身内には早くからその意志は伝えてあるのだが、時が経ちすぎていて忘れているかもしれない。再度伝えておこう。

それにしても脚本家が政治を語ることを時にいかがなものかと時に

思いつつ、またそれ以上にスピリチュアルなことは語りづらい。

双方、重要事ではあるのだけれど、人は生きることに忙しく、

関心が希薄な分野ではある。

解散総選挙も無益なことであろうが、投票に行く人達も本気で

政治を考えぬいて行く人ばかりではない。

政治にしろ魂にしろ、多少は耳を傾けてくれる人々がいる

私などが言葉を発することに、少しは意味があるだろうか。

 

 

今救急治療室に横たわっているEさんのことは「わが家」の公式HPに

言葉を寄せた。http://www.mbs.jp/wagaya/scriptwriter/

ケント・ギルバートさん

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ケント・ギルバートさんに、昔ドラマに出ていただいたことがある。

私の希望だった。

まだ東芝日曜劇場が単発作品を流している頃だ。

ご本人にお会いはしていないがそれからうんと時が経って、

ケント・ギルバートさんの思いがけぬ言葉に遭遇した。

>慰安婦問題に限らず、日本の近現代史では後から創作された話が、世界では「正しい歴史」として認識されているケースが多々ある。代表例は日本が東南アジア諸国や中国大陸で「侵略戦争を行った」という話である。

>はっきり言うが、これは戦後占領政策の一部としてGHQ(連合国軍総司令部)が世界中に広めたプロパガンダである。慰安婦問題と同様、真実とは異なる嘘が、今や「歴史的事実」として認識されている。

頑丈

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あまり、酷い風邪は引かない方なのだが、立ってる足元がふらつくほどの熱、

声がかすれて出ず、胸を圧迫する強い咳。

風邪は一晩で抜けるたちだが、さすがに今回は少し寝付くかと思ったら

今朝はもう立ち直っていた。

やれやれ頑丈なこと。

 

「わが家」ロケ

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今朝、冬の三浦半島を撮りにロケに出かけたと、プロデューサの深迫さんから

メールあり。

雪を頂いた富士山の遠景や、冬の海の風情が撮れたとのこと。

水仙はまだシーズンではなかったろうか。

取材に訪れた時は、水仙が群生していたのだが。

 

ギャラリーが新設されている。「わが家」HP.

http://www.mbs.jp/wagaya/

「男」を演じる  さようなら高倉健さん 

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 高倉健さんと縁が出来そうになっては、潰えて来た話はこの間書いた。

何度か玄関先まで行くのだけど、戸は開けられぬままだったご縁である。

自分のほうが断ったこともあれば、他の理由であったこともある。

健さんが久々にテレビの連ドラに出られたことがあり、いつもなら

絶対に私に声をかけてくださるプロデューサーがその時は

他の作家へ依頼したというようなこともあった。

健さん主演の映画の依頼を私が、あっけなく断るその現場にいたのが

そのプロデューサーであったので、それが原因なのかどうか

お訊きしていない。

 

テレビでは健さん讃美一色で、私などひねくれ者は少々、

気恥ずかしくなるのだが、かといって健さんが人格的に優れ

人としても仕事人としても誠実でストイックな方であったことには

異論がない。

生前共演したことのある某女優さんから「高倉さんはお姫様よ」

と耳にしたことがあり、その真意は聞き返さなかったが、

およそものを創造する人間に、女性的要素が皆無などということはあり得ないので、おそらくはそういう意味なのだろうと聞き流した。

実生活では寡黙ではなくむしろ饒舌な方であった、とも複数から聞く。

考えてみればその時々の役柄の他に、健さんは終生高倉健という

寡黙な「男」を演じ続けてきた方であると思う。そのことの凄みに私は

ひれ伏す。余程の意志がなければ日常生活を演じ通せるものではない。

ストイックである。

いったい、どこで息をついていたかというと、海外の某所であるのかもしれない。

海外に向かうときの健さんは、リュック一つを背負って、いつにも増してお喋りで、

文字通り去りゆく後ろ姿がスキップなさっていた、と遭遇した女優さんが

話してくれた。

その海外の某所にきっと、素顔の健さんがいらしたのだと思う。

そして健さんをくつろがせる誰かが。

私生活が謎だとされるが、謎も何もオフの時は専らその海外の

某所にこもっていらしただけだ。日本人で見かける人とてない某国某所。

しかし、男を演じていらしたと言っても、持って生まれたフェロモンはおありで、

私が豪州にいる頃だから昔も昔、あちらの女性が高倉健に眼の色を

変えていた。

高倉健さん主演の「旋風太郎」という映画のロケを別府駅の埠頭で

見かけたことがある。

ところがそこにも、健さんの姿はなく若い日の三田佳子さんがいらした。

よもやそこで見かけた女優さんと後年、公私ともに親しくお付き合い

させていただこうとは、夢にも思わなかった頃であるが、縁ある御方とは

こうやって先触れのように一方的にながら出会う。

白川由美さんもそうであった。

三田さんはその後都内で、車中にいらっしゃるお姿を拝見したこともある。

お付き合いが生じるまだうんと前の話である。

そして高倉健さんに関して言えば、あちらが私の名前を書簡で

書いてくださるほど近くまで行くのに、現実にはかすりもしないのである。

これもこれなりの「御縁」であろうか。

そもそも、あちら側から会いたいと言って来た時、なぜ

私は行かなかったのだろう。

地方のロケ先だった。

若気の至りで今まで話すことはなかったのだが、「人に物を頼むのに、

自ら出向かず、出て来いとは何だ」というごときことであった。

今書きながら顔から火が噴き上げる。

まだ駆け出しの新人の頃である。鼻っ柱の強い生意気な新人として

私は評判が悪かったけれど、それにしても酷い。

とにかく尖りまくっていた。

・・・・・今はもっと平らである。さすがに。

 

 

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