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Channel: 井沢満ブログ
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映画における意図的反日と、企まずしての日本貶め

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某党の重鎮の一人である方と小旅行した際、日本における
在日の方たちへの差別という話題になり、その方が挙げたのが、
在日文化人としてしじゅうテレビに出ている人がかつて受けた
酷い差別についてでした。御本人から聞いた、とおっしゃるので
こちらとしては、「それ、本当ですか」とも聞きかねて。

というのは、その差別を受けたという方の日頃の、不当な日本貶め発言と、
そして、祖国韓国への語り口と、日本人へのそれが異なっていることにも
不信感があり。

ということで、気が重いのですが「焼肉ドラゴン」のいじめシーンについて
コメント欄に疑義めくものを頂いたので、いったん発した言葉の
責任上、口をつぐんでいるわけにもいきますまい。

作者の鄭義信さんに偏った日本貶め思想があるわけでなく、「焼肉ドラゴン」と
並んで日本貶めとしてあげつらわれている某映画の監督のように、ふだんから
政権批判をしている人でもないので、一線を画すべきという意見じたいに
変わりはないのですが・・・・在日社会でのみ通用する(日本人から言えばいわゆる自己正当化のための嘘)に無意識にも影響されている箇所については言及しました。

国有地を不法占拠した朝鮮人の人たちのところへ、役所から退去勧告が来るのですが、
彼らはいたって正論を述べるわけですが、その二人組をかなり誇張した戯画化的
ワルモノに描いているのは、映画というフィクションの中では許容範囲でしょう。

踏み込んで述べれば、いじめのシーンに関しては、私もコメント欄に
御意見をくださった方と同じく、違和感を覚えたと率直に今回は
書きます。

日本人が通う私立高校に、在日三世の少年が在籍しているのですが、
その子が日常的ないじめを受けていて、ついには半裸に剥かれ
背中に「キムチ」とマジックで大書され、廊下に放置されるという
シーンです。

後味が悪いのは、その少年が自殺してしまうことです。
日本の社会で生き抜くためには朝鮮学校ではだめだ、日本人と同じ学校に通わせ
学歴を身につけさせなければ、と父親から転校を許されなかった、ということで
少年は行き場もなく、追い詰められてしまう・・・・という描写です。

悩ましいのはこういうことが事実あったのかどうか、解らないことです。
監督自身は、いじめの体験はないそうで、日本人からしたら(え、なんだそりゃ)
という感情も解かるし、しかし当時の朝鮮の方々へのいじめを(あったとしたら)具体的に知らない私としては、口を挟むこともできず。

ただ先に述べたように、私も敗戦から間もない中学校の生徒だったのでまだ通名を用いる人たちが少なく、朝鮮名での生徒が複数いたのです。しかし教師の側からも
生徒の側からも悪しき扱いを見聞きした記憶は皆無、能力のある子は
それなりの敬意で扱われていたし、私自身彼らを特殊な視点で見たことは
一度たりとありません。国籍すら意識はしていませんでした。とこれは私の身辺レポートでしかありません。

余談ですが、まだ私が幼稚園に上る前のことなので敗戦後、ほんの数年後ですが、川をはさんだ対岸が「朝鮮人部落」という呼称がとりわけの差別の感覚も伴わず用いられ、原始的に敏感な幼児期の感性なので正確だったと思うのですが・・・・その部落が火事で炎上、夜だったので大きな炎が漆黒の夜空にはためいて、いまだその光景は目に焼き付いています。飼っている豚も何も死んだ・・・と大人の言葉も覚えています。
幼かったので、そのことの悲惨さまで思いは至らず。

在日三世の少年がいじめられ、自殺してしまうという構図は映画では効果的で、
それで監督が手法として用いたのか、事実をなぞったのか、そこは
解らないのですが、そのことのみあげつらい監督と映画を貶めるのは
ちょっと違う・・・・というのは繰り返しますが鄭義信さんに普段から
声高の日本批判はなく、映画では在日側の非もそれなりに
描いていること、90分から120分という
映画的時間制約の中で、日韓問題を論文よろしく俯瞰で描くことは不可能だし、
また映画としては邪道です。プロパガンダを目的とした映画でない限り。
プロパガンダ映画にはものを言いやすいのです。
たとえば捏造慰安婦を主役に据えた、明らかな政治的映画「鬼哭」や
ありもしない朝鮮人虐待を描いた「軍艦島」など。

「君を忘れない」という映画では、タクシーが青年をはね、その青年が
韓国人であることを知ると、乗客もタクシー運転手も「なんだ、朝鮮人か」
放っておけ、と路上にうずくまった青年を放置して走り去るのです。
このシーンを見た私は怒りに震えました。こんな日本人、いません。
ごく特殊な差別主義者が皆無とは言いませんが、映画は乗客のみならず
運転手まで同調、あたかも総ての日本人がこうである、という意図的描き方
だったので。
しかもこの映画に文化庁からお金が出ていることを知って、更に
怒りが増幅したのでした。日本人をここまで歪曲、侮辱した映画に
お金を出す日本のひずみ。敗戦後営々と構築されてきた体制の縮図を
眼前に突きつけられた思いだったのです。

何か、気が重いのでいわゆる「(広義の)戦後Regime」にはこれ以上踏み込みませんが・・・・

映画は自殺する少年の語りで綴られます。ナレーションをやっている人物が
死ぬとは思っていないので、その死はより唐突な衝撃となって観客に
伝わる手法。実は昔、同じ手法を私はNHKで流し世界のあちこち、国内でも
複数賞を頂いた「みちしるべ」という作品で試みていて、鄭義信さんの
作家としての手法の内側の一端が垣間見え、興深かったのですが・・・・
ただ鄭義信さんの半端ないところは、少年が死してもなおナレーション役を
務めさせことです。

気が重いので敢えて余談にまた走りますが、「焼肉ドラゴン」で一家の主とその妻を
演じるキム・サンホとイ・ジョンウンが至芸です。
なかんずく、キム・サンホの無口な人物像。それが感情を爆発させた時のたどたどしい
日本語の芝居の上手さに惚れました。見事の一語。造形的に美しい人ではないのですが、その顔にさえ見惚れたのです、いい顔してるなぁ、と。

お母さん役のイ・ジョンウンは韓国人特有の(日本人からすれば)過剰なほどの感情
表現、情念の濃い仕草の大きな芝居。力強いです。

登場人物の一人に、コン・ユを呼べたら面白かったのになあ、とふと。彼の本物の芝居を見たい私としては。韓国から渡って来たばかりの、日本語がたどたどしい、いかがわしい男、でも憎めない、が登場するのですが、コン・ユの汚れ役で私は見たかった。
この俳優さんも秀逸でしたが。概して、日本人の役者さんたちより、韓国人俳優が
よかった・・・・・というより、たちこめる何かが韓国の方と日本人では違うのですよ・・・・。日本人が韓国人を演じて、しかも本来の関西弁使いでない人たちが関西弁のせりふだし・・・・。日本勢も決して悪くはなく、拍手は惜しまないのですが、うーん、韓国人の役者ならおそらく、もっと作品にもっと本来の熱気がこもり肉厚になっていただろうという思いは正直なところ。激情のシーンでも、どこか日本人的に淡白なのです。
これは本当にもう、画然たる民族性の違い。
商業的見地から、日本人役者の起用が必要だったのか・・・・それは解りません。

日本人が時に持て余す、韓国の人たちの情念の濃さが、芝居や歌の世界では
よいほうに出るようです。

誤変換他、後ほど


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