実は音に過敏で、苦痛な時がある。
世田谷の2階屋に暮らしている頃、2階の書斎にいて、1階の居間で秘書がめくる
新聞の音が、耳に突き立つようで注意したことがあるから、病的なくらいに「音」が
苦手である。
静かなエリアだったので新聞紙の音が際立ったのだろう。
生活音のすべてが苦痛だというわけでもないが、どうも聴覚が過敏で困ることがある。
昨日、老舗の鰻屋に行ったら、一人声の大きい女性がいて鰻重を待つ間
彼女の声が拷問だった。
いったいに、場所の空間に合わせて声量の調節が出来ないのは中年女性たち
だと思っていたが、連れの男たちも声高だが、さして抵抗がないのは
男声は周波数が低いからだと気づいた。
その女性は、40歳前後。たまにいる、いやに滑舌のいい野太い、しかし
甲高さを伴う、まるで舞台で声を張っているような喋り方の人。
舞台の声だが、決してヒロインの声にはなれない、不快なタイプの音声。
辛抱している雰囲気が伝わったのか、気働きのいい女将さんが「こちらの
席に移られますか?」
と声をかけてくれたのだが、一人で4人席を占領するのは私のモラルに
反するので、ご辞退した。
場の空間が許容する限度を遥かに超えた音声に遭遇した時に、自分に
言い聞かせる言葉を胸のうちに呟いてみた。
(世界から人類が全て絶えて、たったひとり生き残った孤独地獄を考えましょう。
大声のあの方に巡り合ったら観音様です)
とひたすら念じて耐えていたら、
「ありのままにーーーーーー!!」
歌まで歌い始め、私は席を立ちその女性に突進、首を締めた。
脳内で、である。
耐えることしばし、やっとその女性を含めた一団は立ち上がり、しかし
その女性はまだ野太い甲高い声でしゃべり狂っている。
「ふなっしーの人って、あれ税金の控除は絶対に・・・・(云々)」
そして、
ガッシャーン!!
ご丁寧にテーブルから、灰皿だかなんだか床に落としたらしい。
私は割り箸を手に席を立ち、彼女に突進、お尻に割り箸を突き刺してやった。
脳内でである。
・・・・・・・・・
静寂。
私は、ありがたさに涙をこぼさんばかりであった。
と・・・・・・。
「携帯、忘れたーーーっ!!」
あの、大声怪獣がまた入って来たではないか。
「ないわねーーっ」
「ないわっ」
「バッグの中かしらっ」
「やっだぁああああああ」
・・・・・・・・・・・・
私は自身が首を吊りたくなった。