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Channel: 井沢満ブログ
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「男女共同参画の悪平等」とアカデミー賞

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「昨日、男女共同参画」の悪平等について記したのですが、

アメリカ本場のアカデミー賞にも同種類の趣旨で違和感を覚えます。

「ラ・ラ・ランド」も「ムーンライト」も未見ですが、双方見るつもりです。

とりわけ、「ラ・ラ・ランド」は映画館で予告編を嫌というほど見せられていたし、

面白そうなので上映を楽しみに待っていました。

ただ、プロ的勘なのですが、それほど深みのある作品とも思えず、

作品賞ノミネートには首を傾げていたら、妙な逆転劇で「ムーンライト」に

決まったわけです。

それに、何の異議もないのですが・・・・・というより、私が

シノプシスを読んだ限りでは、

そりゃあ「ムーンライト」のほうだろうと思っていたくらい、受賞じたいへの

クレームではないし、出演俳優の黒人への授賞に無論、

反対するものではありません。

ただ、今回アカデミー賞の姿勢として「白いオスカー」への批判が公然とあり、

その結果であるという流れが、いかがなものかと思うからです。

つまり、近年白人の作った映画、白人の出演した映画のみが受賞していて、

いかがなものか、という公然の批判。

男女共同参画が、能力とは別にまず女性登用ありきの悪平等なら

アカデミー賞は、その質、出来栄えとは別次元でとにかく黒人へ。

アンフェアです。

能力次第で、男ばかりであってもいいし、女ばかりでもいい、という

ことと同じく、出来さえよければ人種は関係ないじゃないですか。

白人ばかりであろうが、黒人だけの受賞であろうが、たまたま

結果としてそうなるのなら。

お断りしておきますが、質として「ムーンライト」が「ラ・ラ・ランド」を

上回っているのは事実かもしれません。というより、シノプシス段階では

私も「ムーンライト」のほうに一票を投じたくらいです。

私の論旨は、せっかく優れた作品なら「黒人故に選んだ」というごときことを

思われるような、政治的プロパガンダを映画の世界に持ち込んで場を

汚すようなことをしないほうがいいだろう、ということなのです。

たまにですが、論旨を読み取れず妙なことを言ってくる人がいるので

くどく説明しましたが。(日本語を読み取れない人々に、時々何を書けばいい

のだろうと思うことがあります)

(文章が時に、くどくなりがちなことがあるのは日本語を読めないレベルの

人たちのことを考えるからなのですが、そもそもそういう人を想定して

書いても、ちゃんと読み取れる人たちにはくどいばかりで、鬱陶しいかも

しれませんね)

好き嫌いでいえば、私は「ラ・ラ・ランド」がたぶん好きで、娯楽としてとても

楽しく見るのだろうと思います。ただ、それと質とは別。

興行的に優れた作品と、質とは違うということは折に触れ述べていますが、

その双方を兼ね備えた「シン・ゴジラ」を例に、いずれまた述べてみたいと

思います。

ハリウッドは昔から、内部的政治力学で賞を決める傾向はあるので、

生真面目に論じるのも野暮かもしれないのですが。

内部的政治力学の他に、文字通り政治を授賞式の場に持ち出して

ブーイングを浴びる役者は昔もいましたが、近年メリル・ストリープのように

公然とトランプ大統領をけなして、喝采を浴びるというふうに

アカデミー賞の場も変わって来ましたが、私は悪しき傾向であると

思っています。

トランプ大統領の是非はともかく、当選するに足る支持者を得たからこその

就任であり、そこへの批判を映画の祭典の場でやるのは筋違い。

スポーツの場に、政治を持ち込のむと同じルール違反です。

とりわけ、芸能の世界は多国籍が多くハリウッドもその例に漏れません。

だからこそ、トランプ大統領の人種によるシャットアウト主義に反対、という

その心情じたいは解るのですが、しかしアメリカにはどれだけ

不法滞在者がいて、アメリカ国を食い荒らしているか、それも合わせて

冷静に見るべきです。アメリカにおける不法滞在者は約1100万人、

地続きのメキシコからの入国者も多いのですが、韓国人も16万9千人ほどいる

とKBSは、報道しています。

http://www.recordchina.co.jp/a162446.html

それらに厳しくあろうとするトランプを、「人種差別」の名のもとに一括しての

批判は、違うでしょう。

敗戦後の日本の混乱に乗じて、どれだけの人たちが半島から押し寄せ、

不法に日本に居着いたか、それを考えれば対岸の火事ではありません。

日本の場合、「無理やり連れてこられた」という嘘がそこに重なるので、

問題はアメリカより深刻です。

主題が脇道に逸れつつありますが・・・・

悪貨が良貨を駆逐する如く、ヨーロッパの芸術性の高い映画が

軒並みハリウッドの「計算高い」映画に取って代わられました。

脚本家の視線で見ると、いかにも計算が見えすく作品も多く、しらけるのです。

開幕後、何分後に出会い、何分後に離反があり、

そしてクライマックスはここらで、と細かく計算され尽くしたマニュアルがあり、

書き手が初心の頃はそのメソッドは大いに役立つし、また心得ておいたほうが

いいのですが、たとえればマニュアルは

マニュアルであり、コンビニやファミレスで顧客が受けるあのロボット的挨拶に

似て、心がないのです。

心がなくてもきちんとした挨拶は、無愛想な外国人店員よりは

よろしいのですが。

食のまずいイギリスはロンドンで流行っている店が、日本人経営で

味もいいのですが

白人店員も揃って「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」という

挨拶のしつけが行き届いているのです。

話がまたまた逸れたところで、このへんで。

 

*誤変換他、のちほど推敲致します。

 


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